病院紹介
平家終焉の地。下関は当時赤間ヶ関と呼ばれておりました。
ここには赤間神宮がありまして、もとは寺です。明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で神社になった。
元の名前は阿弥陀寺。寺であるが故、ここには平家の墓がある。
二位の尼、安徳天皇陵(別の場所に墳墓があります)、平知盛、平教経、資盛。。。。
そしてその隣には琵琶法師、耳なし芳一座像もあります。
ここで亡くなった平家一門、主な武将の墓石。左から教経、経盛、知盛。
墓石群の位置関係を示す、石碑。 芳一座像